
最後の審判、MiDです。
ふと、山に登る理由を聞かれた時に
「そこに山があるから」という言葉について考えていました。
これは答えになっていないと思います。
さて、いつも通り外から石を投げていきましょう。
物事が起きる時、そこには「原因」と「結果」が
存在します。因果関係というやつです。
そして人間の意思が介入する「原因」は
さらに「動機」と「手段」に分けられると思うのです。
例えばテストで良い点数を取った「結果」
しっかり勉強したという「原因」
しっかり勉強するためには
高い点数を取りたいという「動機」
そして勉強するための時間と参考書の「手段」
動機と手段は相互に関係しますので
いずれかが極端に高ければ補うことはできるでしょう。
なんとしてでも高得点を取りたいと思えば手段に乏しくとも
何かしらの代替を考えますし、もはや勉強以外できない空間に
身を投じれば自然と点数は上がります。
とはいえ、一般的にはどちらかが欠けると
途端に行動を起こせないものですから、
「揃ったら」というわけですね。
山に登る理由、に話を戻しましょう。
きっと彼は山に登頂する、という「結果」を出しました。
「原因」はもちろん山に登り始め、頂上まで歩みを進めたから。
そして質問は「なぜあなたは山に登るのですか?」
「原因」を詳細に尋ねる質問、つまり「動機」「手段」を
問うものになります。
しかしながら「手段」に関しては
登山道具があるもしくは揃う、体力があるもしくは付けられる
ですから、ここを答えてもおもんないわけです。
つまり「動機」を問う質問だと解釈することができます。
「そこに山があるから」
一見動機、しかし包丁があったら必ず料理をするのか。
本があれば必ず読むのか。
就活の面談で、「なぜ○○社を選んだのですか?」
「そこに○○社があるから」
そう、成立してないわけです。
この質問は
山に登る決意を固めたきっかけは?
あるいは広く解釈すると、あなたにとって山とは?
という質問ですから、普通に答えろよ。

