臓器くじを考える #カタシロ

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※以下、TRPGカタシロのネタバレを含みます。

健康診断で森羅万象が引っかかりました、MiDです。
カタシロの思考実験回第3弾です。
臓器くじについて考えます。

臓器くじ(カタシロより)

健康的な人をランダムで一人殺して健康的な臓器を獲得します。
これらを臓器に疾患を抱えている数名に提供することで命が助かります
あなたはこれに賛成しますか?

私は前回までの2回とも、「相手による」とか「定義による」だの
まるで煮え切らない回答をしてきました。

いや本当に申し訳なかった。
今回は単刀直入に、虚心坦懐に答えていこうと思うんだ。
またネチネチ言い出したら、罰としてお前らが坊主になります
お前らのためにちゃんと答えるわ。

ただ一言、
「条件による。」


暴れないでください。
これは本当に条件次第なんです。

条件と言っても、よくある議論としての
「ランダムじゃなくて悪人を殺すなら…」とか
「臓器を欲しているのが自分や恋人なら…」といった後付けな感じではなく、
そもそも語られていない前提部分。

それは、臓器くじというシステム公表するのか、です。

私はある程度人生は理不尽なものだと思います。
それは自然発生的なものもあれば、人為的なものも含みます。
税金高ぇとか、まさにそうで。

ですが、税金を取られていることすら知らなければ、そこに憤りは感じませんよね?
値札に税込の値段しか書いていなかったり、明細書に手取りしか載っていなければ、
「税金」の概念がなければ、誰かを恨んだり不満を感じたりしないと思うんです。
まあ緩やかに不幸の感情が強くはなっていくんでしょうが。

臓器くじを始めようとした人間には何かきっと願いがあり、決断があった。
自分が幸せになるために他人を蹴落とそうとしただけであり、
以前私は、それを悪とは思わない、と話しました。


臓器くじも公表されておらず、人知れず行われて
多くの人間が助かっている事実のみがあるのであれば
ある種理にかなっている、とも思います。
人為的だと思わなければ運命だとも納得できる。

とはいえ、これが人為的なものだと知れれば、それこそ暴動が起きる。
毎日頑張って生きていても、急に見ず知らずの人のために死ぬかも知れない
そんなこと考えて普通に生きていけますか?
私はちょっと無理かも。

まとめます。

臓器くじの実行を公表しない条件ならば、ある程度は賛成。
公表してはならない。

賛成かどうかを誰かに問うた時点で、それは実現すべきではない。

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