10年後の純より1ヶ月後の松本容疑者を心待ちにするMiDです。
先日会社にて。
「そのグラフ、なんで3本にしたの?」
と問われました。
業務としては車のデータを可視化するのですが、
過去3ヶ月載せるか、今月も含めて4ヶ月分にするかの議論です。
まだユーザーがいないし、特にルールもないので、
そこまでガチガチではなく、割と自由に考えて良い状況です。
私も深くは考えず、ビジネス的に四半期は区切りがいいし、
スペース的にもちょうど良い、本数を増やしすぎると見にくいし、
別ページで今月分は特集してるので、
「特に深い理由はありません。逆に3本じゃダメな理由は何かありますか?」
と問い返しました。
私としては3本で大きなメリットも特にはないが、
デメリットも思いつかなかったので、あるなら教えてくれ、ってニュアンスです。
そんなにこだわりポイントではないから、
指摘があるなら変えますよ〜、って気持ち。
「じゃあ別に3本でいいよ。」
キモい。なんで話振ってきたんだよ。
まあ特に何もないなら進めようかとPCに向き直すと、
「3本、ん〜、なんか、ん〜、色がな〜…」とか
論点替わり散らかし堂々巡る10分。その間、手は止まる。
内容薄かったから、へ〜そう。
くらいの感じで聞き流し、ふと耳を疑う。
「性善説と性悪説の話になるけど〜」
なんな。死ねよ。
将棋ではよく100手先を読むとか、それは実は正しくなくて、
3手先を100通り読む、なんて表現があります。
現実でもできたら作戦の幅は拡がるでしょう。
ただ、1手先を1通りすら読めない人が多い気がします。
これをこうしたらこうなるから
次にこうするとこうなるかもしれないしああなるかもしれない。
なんて必要なくて、これをしたら→こうなるだろうで良いんだ。
今回の話もそうで、グラフの本数だとか色を指摘したら、
なんで?って聞かれるだろう、議論になるから
その上に良いものが出るだろう、なら良い。
話振っといて議論はしないのは何のための指摘なのか。
もちろん私も3本の理由をその場で説明できるくらい
こだわりを持っていれば議論になったかもしれない。
それが上司の望みだったのかもしれない。
だがそんなとこに時間をかけるべきじゃないとも思うんですよね。
だってメリデメ両方薄いから白熱しないし、
言ったもん勝ち/立場次第の議論になることが分かりきってるから。
「3本にした理由は?説明でないなら認めません。」
「3本がダメな理由は?説明できないなら3本にします。」
いずれも先に上司が言ったら勝っちゃう議論。
この先にはおそらく何もなさそうですよね?
