白も黒もない本当のMiDです。
いや恐ろしい議論でした。
それぞれが壁に向かって喋ってる。女とパックン終わってます。
まあ論点が定まっていなければズレる。
ただでさえ「正解」とは何か。なぜ「欲しがる」のか。「若者」なのか。
などなど要素が多すぎてそりゃごちゃごちゃになるよね。
少し話は逸れるのですが関連として、
「部下が上司に求めるのは果たして正解なのか?」という切り口でログにします。
私は「正解」を求める人と
「論理」を求める人に分かれるのだと思います。
そして上司や会社においてもここが分かれている、
というよりぼやけているのだと思うのです。
番組ではひろゆきの「論破」が脱線して取り上げられていますが、
あえてこれに乗るならば、
ひろゆきが気持ちよく相手を打ち負かす様を求めているのか、
相手とのラリーや納得感を求めているのか。
どちらもひろゆきを求めていることには変わりありませんが、
本質が大きく異なるわけです。
ちなみにひろゆきは「僕は質問をしているだけです」
「破綻してる時に指摘をしてるだけです」というスタンスですので、
「論理」なわけですが、世間はこれを
「正解」を叩きつけて「論破」してると見てしまってます。
番組の一枚絵で「とりあえずやってみて」という上司に対して、
たとえば私は自分で考えてできる限りやってみることは苦ではない。
この時点で「いや、具体的に何をどうするか言えよ」
って人は「正解」を求める人です。
やってみた結果「おい、もっとこうやれよテメェ」と言われて
「とりあえずやってみろって言ったからやっただろテメェ」が「論理」です。
余談ですが実際の上司に「これは〜〜という意味で合ってますか?」
と聞いて「正解を求めるな」と言われてキレました。
正解じゃなくて理由を聞いてるんだが?
そして上司側はこれを明確に区別する必要がある。
正解のアウトプットを出して欲しい時と、考え方をインプットしたい時。
前者であればフワッとした指示はダメです。
プロンプトが曖昧だとchatGPTでも間違えます。
後者であればフワッとした指示を出すのは手段としてありでしょう。
相手に考えさせるきっかけを与えている。
ただしFBは丁寧に。ここはこうゆう理由だからこうするんだよ〜、
なんでこうしたの?と時間をとって意志を疎通しましょう。
ここで、どっかで聞いたことを
適当に当てはめて教訓じみて絶頂しないでください。
「正解を求めるな」とかまさにそうで、
果たしてあなたは正解を求めているのか論理を求めているのか、
あなたの指示はどちらが返ってきそうかを考えましょう。
と、ここまでの議論を理解できる人が
おそらくそこまで多くない上に、これを理解する時間と脳に余裕がないのが現代社会。
ひろゆきは社会が正解を求めてしまっているから、
これに従わなければならない時代だ、という主張ですね。
若者は特に娯楽にまみれて育ってきたので、
仕事ごときにリソース割きたくないって人も増えてるでしょう。

