責任の所在

Philosophy

ここ数日でこの画像で一番笑いました、MiDです。

数年前からAIによって多くの仕事が失われると言われています。
数年経ったと思いますが、なくなる気配がなさそうなのが
日本のちょっと良いところでもあり、すごく悪いところです。

もう市役所とか機械でいいだろ全部。

とはいえ、技術の発展が著しい分野であれば
何でもかんでもAIによる自動化をして良いのか
という問題があると思っています。


例えば教師。

学校は主に社会性や人間性を育む場所だと思うので
これをAIが担当するのは少し難しいと思います。
人間は複雑なので、正しいことだけを教えてもしょうがないので、
その揺らぎのような、完璧じゃないんだなというのを
身をもって子供に伝えていく必要があるためです。

話はそれますが、とはいえ一部はAI化できそうなものですが。
テストの結果を読み込ませて、苦手な部分を克服させるための
学習要領を個人単位で作る、的なプログラム
はできそうです。

他にも医者。

医療過誤など、人間のミスで人の命が失われることは
確かにありますし、これで辞職する医者もいます。

では全ての医療をAIで管理できるのか。
仮にできたとして、人の命は永久ではないので
治療や延命ができないことだってあるかと思います。

その時にAIを責め、やっぱりこれはダメだと
発展の芽を摘むのが日本のやり方なので、
やはりAIがとって変わることはないでしょう。

中国とかは多少の犠牲が出てもガンガン行こうぜ
って感じで進めるので、経済発展が著しいですよね。
長期的に見ると脆いのかもしれませんが。


そういった「責任」を求められる職業は
日本では無くならないのではないかと思います。
特に人に対する責任ですよね。

子供や親に対する教師
人間の命に対する医者など

逆にコンビニの店員とかは別に、って感じです。
実際レジの自動化とかだいぶ進んでいます。

いよいよ市役所に人間いらねぇよな。

ちなみに最初の画像で、
普段の私は飛び込み台のポジションです。
さあ、行ってこいキチガイってゆう。

責任はキチガイにあると思うので、
私のような人間は、きっとAIに変わっていくのでしょう。
キチガイ生成AI、なんならSNSが発展するとこれに行き着くのではないか。

タイトルとURLをコピーしました