自力と運命は紙一重

Philosophy

MiDです。
前回記事で政治のこと好き勝手喋って若干虚無感というか、
感情任せだった部分も大きいなと反省があります。

Xで「選挙行ってない奴は政治に文句言うなよ」みたいな
まるで選挙に行ってる奴が偉い、行かない奴は何も考えていない
みたいな言い草にイラッときてしましましてね…

そんなこんなで反省と共に、また一つふわっと考えたことを
ログにしていこうかなと思います。

それは「自力」と「運命」の線引きを曖昧にできる人
あまり多くないのではないか、と言うことです。


例えば数学のテスト。
あなたはめっちゃ頑張って100点を取ることができました。

これを努力が全て、自力が100%と言う人が
結構多いのではないかと言う話です。

数学の勉強には参考書が必要です。
参考書がめっちゃ優秀で、それをやりさえすれば
誰でも100点を取れるならばどうでしょう?

今回のテストが特別簡単で、
クラスの半分以上が100点だったらどうでしょう?

努力したのは事実です。
しかしそれとは別に、外部の力が働き
あなたが100点を取ることはまるで運命かのように
決まっていたことなのかもしれません。

逆も然り。
宝くじで1億円当たったとして、運だけと思われがちです。

しかしロト6ならば数字を選んだのはその人です。
何かオカルトな力が働いたのかもしれません。

あるいは宝くじを買おうと行動した功績が大きかったのかもしれません。
買わなければ当たりませんからね。

運命が100%とは言い切れないのではないでしょうか。


選挙に行く/行かないの対立って
高齢者の割合とか政治への身限りとか、
様々なキーワードが原因を担っていますが、
この極端な線引きも一つの原因かと思っています。

選挙行け勢は自力で政治を変えられると思っている。
逆に行かない勢は自力で変えられるわけがないと思っている。

だから、ある程度線引きを曖昧にすれば
少し対立がおさまるのかもしれない。

選挙はまるで運命のように定められたクソみてぇな現状を
あなたの1票分だけ自力に寄せることができるかもしれないチャンス

何事も良い塩梅が見つかると良いですね。

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