答えが出ないならば、考えていないのと同じ

Philosophy

考える葦、MiDです。

普段私は、比較的一生懸命生きている人を、
性格が悪いなりに味方をするスタイルをとることが多いつもりです。

自分自身がとても繊細な分、人に強く当たるのが苦手なんですよね。
繊細さがない人に対してはスラム流で対応しますが。

しかし、あえて強めの口調で伝えたいテーマと思想があります。

答えが出ないならば、それは考えていないのと同じ。

極解するならば努力そのものは無意味であり、
結果を出せという横暴に感じられるものです。

本質的に伝えたいことは、
「考える」ことは意思決定のための手段でしかない、ということと
「答え」が完璧である必要はない、という2つになります。

考えすぎて決められない、という友人がいます。
私も昔はそういうタイプでした。

この理由は様々あります。
たとえば、情報が足りていない。1+…さあいくつですか?と聞かれたら、
こいつ何言ってんだ?と悩み、そして答えは出ません。

でも1+1はいくらですか?
と聞かれれば考える間もなく「2」ですよね。
情報が足りていれば、考えることは減ります。

関連して「すぐ解決出来るもの」
「すぐには解決できないが手段があるもの」「そもそも解決の必要がないもの」は
考え出したら時間を食うだけです。ここは別記事で詳しく話したいですね。

「答え」を出すことは「決断」することです。
私は人生におけるキーワードは「時系列」「選択」「幸せ」の3つだと考えていて、
「選択」にあたります。ここも後述したいですね。

さて、前提となる思想を説明できていないのでモヤモヤした状態でこのログは終わります。

花粉症ヤバすぎ。

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