常に時系列を意識するMiDです。
「昨日の自分は他人だから。
マリメやマリカでキレてる自分のアーカイブ見てざまぁって笑ってる。」
加藤純一さんの言葉です。
割り切りがすごいですよね。
この理論は半分賛成/反対です。
基本的に現在の自分は過去の積み重ね、
他人との会話は他人の過去の積み重ねから
抽出された情報の収集だと考える私的には、
過去と現在を切り離すことには否定です。
とはいえ過去の自分と現在の自分で変わらないということはなく、
少なくとも他人に強制されるものではない。
「お前中学校の時こう言ってたじゃん!」
こうゆうの嫌いってことです。
意見や考え方なんて早ければ数秒で変わるだろうに。
だからこそ、過去の自分は他人だと切り離して笑うのではなく、
過去と現在の乖離を楽しむのは割と面白いのではないか。
ただ、あくまでもこうゆうのは楽しいから変わるという嗜好品に近いもので、
例えば仕事とかより良いものを求める時には良くない。
今日はこの気分だからこっちの資料がいい、
しかし明日はこの気分だからこっちの資料がいい、というのはゴミです。
ここは変える場合は理由づけと納得感を持たせなければ。

