或阿呆達の御噺ー確率編ー

Episode

たいじに憧れるMiDです。

たまたまなんですが眼鏡がRayBanでお揃い(吉Pと全く同じ型)で、
顔も人類を100種類くらいに分けたら同じ系統です。

体型も1cm違い、80kgくらい、
でもおばちゃんって言われたことはないくらいのライン。

思えば高校時代から冷笑に目覚めていました。

高校3年の冬。
卒業がもう間近ということで、英語の先生がこう言ったのです。

「青森にはこんなにたくさんの人(30万人/市)がいて、
この40人が同じクラスに集まって一緒に卒業するなんて、
すごい感動的な確率だと思わない?!

では確率を計算してみましょう。

特定の個人が青森市に生まれる確率や、
同じ年代に産まれてくる確率など、このあたりは定義が難しい。

ならば30万人と40人という数字のみで求めるのはどうか。
それもなんだか中途半端でしっくりこない。

ふと思ったのですが、その先生はたとえばうちのクラスの伊藤くんと、
隣のクラスの工藤くんが逆だった場合はなんと言うのでしょうか。

この場合は奇跡ではない、などとは言わないでしょう。
どうせ同じことをほざきます。

この場合伊藤くんは英語の先生のおありがてぇ言葉を
聞くことはないのかというと、決してそんなことはない。

どうせ別のクラスでも同じようなことほざいてるわけですから、
同様の曰く奇跡を体験するわけです。

ちなみに隣のクラスの子に聞いたところ、
バッチリ言っていたことを確認しました。

となればこの学校に入学した確率を求めようか。
いや、どうせ卒業シーズンになるとお涙頂戴の
文系の女教師が掃いて捨てるほど現れるのです。
他の学校だろうと同様の奇跡が起こるわけです。

去年の生徒も来年の生徒もそうでしょう。

こう考えると、適当なコミュニティでそれなりの人数が集まり、
あたかもその組み合わせだけが貴重であるといった類の奇跡が起こる確率は
100%ということになります。

さて、涙も引っ込んだところで、
私の隣に座っていた子に当時のことを聞いたのですが、
先生が「確率」という言葉を口にした瞬間に
私はノートに計算しだしたそうです。

好きなものにのめり込んで視野が狭まるのは今も変わらない。
きっとチベットスナギツネみたいな顔になっていたことでしょう。

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