厳しい環境で育つ

Philosophy

アルカキルティ大平原で生まれ育ったMiDです。
今はノーチラスからログを書いております。

厳しい環境で生きることで成長できる、とはよく言うものの、
最近は甘やかされて生きていく方が幸せなのではないか、と葛藤があります。

しかし蓋を開けてみると、たとえば看護師をしていて
人の命に関わる仕事だから厳しいとか、単純に管理職だからいつもしんどいとか、
なんかしっくりこないんですよね。

リーガルハイというドラマで、古美門の元で働く黛が
「厳しい環境に身を置いて弁護士として成長する」と言った時、
居心地いい場所を選んでいるだけでしょ?と指摘されるシーンがあります。

多分、これなんです。

人の命に触れ続ける仕事も、管理職だろうが、
多分慣れてしまえばそこまで厳しい環境とは言えない。

せいぜい慣れることができるレベルの環境です。

飲みの場で、それらの経験を肴に誰よりも長くつまらない話をできるならば、
それを証明として良いでしょう。

逆にコンビニのバイトだろうが、主観として、
常に不満や負の感情が湧き出る環境は厳しい環境なのではないか。

少なくとも、成長と直結させるならばおそらくそうで、
毎日満足気に充実感のある仕事をするよりも、
不平不満を抱えながら何かと闘い続ける人間の方が、私には魅力的に見える。

実際その方が、こと創造に関しては成長すると思う。
哲学者の多くは不幸そうです。

客観的に見て厳しい環境かでなく、
常に闘える場所こそが厳しい環境なのではないか。

タイトルとURLをコピーしました