人目を気にするべきか

Philosophy

リモートワークは朝にゆとりがあっていいですね。
出社拒否のMiDです。
みなさん人から自分がどう見られてるのか、って気になりますか?

人からの意見で自分の行動を変えたり、時には小言で傷ついたり、
他者と関わることっていいことばかりではないですよね。他者なんて滅びればいいと思います。

とはいえ学校でも仕事でも、他者に触れることを強制される人が多いですから
こんな考え方を提唱したいと思います。

・得意ならば人目を気にする、そうでないなら気にしない
・好きならば人目を気にしない、そうでないなら気にする

つまり
得意なものは人目を気にする、そうでないなら気にしない
好きなものは人目を気にしない、そうでないなら気にする
ということです。

小泉進次郎です。


「得意」の例を挙げます。小学校を創造します。
私は算数は得意でしたが体育は苦手でした。
算数のテストはいつも100点、でも運動会の徒競走は毎年ビリ。

たまたまテストで80点を取ってしましました。割合の問題(く・も・わ)はもはや国語。
友達にはオレMiDに勝った〜!とか言われ、先生にはもう一度基礎から教わる。
とても悔しいですが、こうゆうのは飲み込むべきです。

対して体育の時間。シャトルラン30回くらいで、ええてって思ってやめます。
友達にはビリじゃん!とか、先生にももっと頑張りましょう、と言われます。
でも悔しくもなんともないので、受け流します。

せっかく能力があるならば、悔しいことはバネにして伸ばすべきです。
ここで逃げると後で取り返そうとしたときに、結構難しい。
小学校で算数が得意だったけど、高校で全然わからなくなった、って人いませんか?
まあ無理はしすぎちゃいけませんが。

でも能力もないし伸ばす気もないことは、どうでもいいです。
ここで人目を気にしてもすり減るだけですから、ガン無視です。
「別に体育苦手ですけど、何がいけないんスか?」くらいの気持ちで。


では「好き」の例です。

学校終わって帰ってきました。
今日はゲームでもしようか、誘われてるから友達の家に遊びに行こうか。

とりあえず今日はゲームをしよう。オレはFFが好きだ。
次の日「なんで昨日来なかったんだよ!」と言われたら、FFの魅力を語ろう。
あだ名が「ヴァルファーレ」になったって構わない。

いややはり遊びに行くか。
このクソ暑い夏に外で遊ぶとかキチガイなんじゃないか?
まあしかしこれも人間関係だ、合わせておこう。

好きなものに関してはシンプルです。
行動原理は「好きだから」だけでいいと思うんです。
そこに他者の目線は関係ない、ノイズになるだけです。

おそらく重要なのは好きじゃないことへの向き合い方。
大抵の人は好きじゃないことを全て避けて生きていくことはできません。

人間関係が崩れたら算数の勉強どころではなくなる、
放課後いじめられたらゲームする時間も気力もなくなる、
得意なことや好きなことに向き合うことが難しくなるかもしれません。
穏便にことを済ませる手段と考えてもいいと思います。


まとめ直すとこうゆう感じでいいのかなと思います。

・得意なことは人目を気にしてでも伸ばしておく、いつか役に立つかも
・苦手なことは人目を気にしない、可能な限り逃げる
・好きなことは人目を気にせずとことん打ち込む、一番大事
・嫌いなことは人目を気にして穏便に済ませる

書きながら、諸説あるなって思ってます笑
でも意識にメリハリをつけるって大事ですよね。

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