MiDです。
「時系列」「幸せ」「選択」が人生におけるキーワード。
有限の時間の中で、自分が幸せになるために、様々な分岐を経るという、
ある種のゲームと考えています。
いずれかひとつでも欠ければ、おそらくそれは人生とは呼べない。
たとえば無限の命があれば、経験や積み上げることの意味がなくなる。
金メダルは「誰でもいつかは取れる」という価値観に変わります。
死ぬまで分岐のない生涯は耐えきれません。
遊びがあるからこそ面白い。
そして幸せになる目的のない人生なんて、
そもそもなぜ生きているのかという原点に立ち返ります。
私の根本にはこの考え方があり、
頭の外の世界を覗く時には常にこのフィルタを通します。
現在の一般的な若者のキーワードは
「モテ」「筋トレ」「サウナ」あたりでしょうか。
いずれも私はすごく冷めた目で眺めているわけですが、
これは私の幸せには直結せず、割く時間を惜しみ、
選択をしなかった結果でしょう。
頭の中では、たとえば「技術」なんかには興味があります。
ものが溢れている令和の時代。
しかし寝る時間も働く時間も減らない。このままで良いものか。
ここで30min寝るだけで7hの睡眠効果が得られる寝具や
薬が開発されたらきっと素敵です。
人間から強引に仕事を奪い去るAIが誕生しても良い。
しかし政治はそれを許さないでしょうね。
残された時間をどう活用するかも大事である。
インターネットの発展により、
情報収集や価値交換の効率は数百倍に跳ね上がりました。
だから私は家から出ないのだ。毎日ウーバイーツで良い。
上記はいずれも主に「時系列」の話。
有限の時間をいかに増やせるか、あるいはいかに有効活用するか。
そしてこれらは一択ではない。
ゲーマーの私と異なり、家では満足できない人もいるでしょう。
他者の存在が必須の人間もいる。
だからここで自分に合った「選択」をするんです。
基準は「あなたが幸せかどうか?」のみ。
あるいはもう1人の自分が、選択を補うのも面白い。
たとえば家に篭もる自分と、外に出る自分。
一旦両価値観を分岐してあとでまとまれば面白い。
アルターエゴなど視野に入れれば実現の可能性は低くはない気がします。
唯一、幸せの形は人それぞれになりつつあるが、
それでも結婚やマイホーム、金持ちなんかが代名詞である状態が
嘘になるまで生きていられるだろうか。
残念ながらひとつも手に入れてはいないが、
道中を愉しむのがまた人生なのかもしれない。

